演出家・鈴木の雑記
【芸術倉庫の小笠原年男さんが他界】 2004年8月3日 雑記
7月25日知人の小笠原年男さんが亡くなった。享年63歳。早すぎる死。
三月に膵臓癌が発見され、その後、西洋医療に頼らないという方針で抗がん剤を拒絶し、
本人いわくこれも芸術上の実験だと言い放ち病魔と闘っていた。
ほんの短い時間であっ たが、小笠原さんとの出会いは刺激に満ちたものだった。まだまだ沢山話したいことが
あったのだが。これからの芸術は辺境の地でスタートさせるべきだと言って、那須の地
に現代アートのギャラリーを建設した。
(詳しくはギャラリーHPへhttp://www.h2.dion.ne.jp/~oga-art/)
死の10日ほど前に稽古場に姿を現したのが、最後の姿であった。黄疸がでて、体が動か
なくなったから脳に刺激が欲しいと言っているとスタッフの杉本さんから電話をもらい、
小笠原さんを稽古場に招待。間もなく本番の舞台の通し稽古をみせる。
動かないはずの 体が、稽古場の中をスタスタ歩き、用意された椅子に座る。オープニングから声を出して
笑う。終止好奇心に満ちた目で舞台を眺め、後、やせた両手で万雷の拍手。つくりかけの
次の舞台のためのモチーフをみせる。これにも喜び、いくつかの感想を話す。最後は自分
の肉体は俳優ほど動かなくなり、痛みもすごいが、これはこれで面白い。しかし、今ほど
肉体というものを渇望したことも無いと言う。間もなく回復するから心配要らない、本番
はいけないが、また秋にできる新作が楽しみだという。堰をきったように話し、すぐに直
ると言い、またスタスタと出口まで歩き、帰っていった。その後入院し、通し稽古をみせ
た舞台の本番の日に他界。そして本日は昨年の第一回目の芸術倉庫レポート発行の日。
抗がん剤を拒絶し、最後まで自らの意思で命を燃やすことを選んだ彼の人生に畏敬の念を
込め、「ありがとう」
芸術倉庫レポート[2002年8月2日発行第1号]
テーマ: 芸術の本当のオモシロさ
真の芸術は、現在!今日!今!と言う生々しい最先端を考えて冒険、実験
することです。 だから、すぐには理解できないものに出会うはずです。
昔からすぐれたもの、価値あるものは、こうして生み出されてきたのです。
昨日まで芸術であったものも、明日になれば全て骨董品で、商品としての価値しかありません。ピカソを例にとれば、
当時ピカソは偉大ですぐれた芸術家でした。
なぜなら、先に言ったように誰もしていなかった冒険や実験をしていたからです。しかし、その作品はすでにその燃え
かすで(極端に言ってしまえば)高額商品にすぎません。
買いたいですか ?・・・・・・ ここに芸術の秘密と面白さが
あります。そしてそれが生まれた瞬間が伝統なのです。伝統とは燃えかすを大切にする事ではありません。その時
代の今をいつも考え求め続けていくことだから、とても新しく刺激的で面白いのです。
以上
小笠原年男
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